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研究情報

ワムシの種を存続させるためのもう1つの戦術  ~両性生殖による耐久卵形成~
(資源生産部 初期餌料グループ 小磯 雅彦)

 自然界に現存する生物は、厳しい生存競争に打ち勝って種を存続させるために巧みで特有な戦術を持っています。海産魚の種苗生産で初期餌料として利用されているシオミズツボワムシ(以下ワムシ)も、例外ではなく、実は2つの戦術を効果的に使い分けています。その1つは、種苗生産現場のワムシ大量培養でみられる交尾行動や受精を伴わない単性生殖により、効率よく個体数を増やす戦術です。そしてもう1つが、両性生殖により低温や乾燥などの不適な環境に強い耐久卵を形成して、ワムシ虫体や単性生殖卵では生きられない環境を乗り切る戦術です。この2つの戦術は実にうまく連結しており、単性生殖の遂行によって両性生殖の発現しやすい環境が整います。
 単性生殖は通常のワムシ培養で行われているため、培養担当者はいつも観察しています。一方、両性生殖は最近のワムシ培養ではあまり気にしておらず、種苗生産現場でもほとんど話題になることはありません。しかし、近年のワムシ培養過程においても、両性生殖による耐久卵形成は行われている可能性があります。このため、このメカニズムを再確認するとともに、現在主に利用されているワムシ株による両性生殖実験の結果の概要についても報告します。

耐久卵形成のメカニズム

 ワムシの生活史では、大量培養で普通にみられるamictic female(単性生殖雌:AF)以外にも、mictic female(両性生殖雌)、雄個体、ならびに耐久卵が登場します。さらにmictic femaleには、雄個体を産出するタイプ(MF1)と、雄個体と交尾し受精可能なタイプ(MF2)があります(図1)。

図1 ワムシの生活史に登場する各ワムシと耐久卵の写真とその特徴(L型奄美株)

 また、これらのワムシがどのような生活史を送っているのかを、図2に示しました。

図2 シオミズツボワムシの生活史(L型奄美株)

 ここでは、少し分かりにくい両性生殖による耐久卵形成の工程を以下の5段階に整理して紹介します。

① amictic femaleによるmictic femaleの産出
② mictic femaleによる雄個体の産出
③ 雄個体ふ化後短時間のmictic femaleとの交尾
④ 受精
⑤ 耐久卵形成

 まず①は、水温(S型は30℃、L型は15℃以下)や低塩分(20psu以下)の培養条件、栄養状態(飢餓状態では起こりにくい)、密度効果(培養水中の代謝物の蓄積)などの複合的な影響によって誘導されます。

 ②では、本来、mictic femaleは雄個体と交尾し受精して耐久卵を形成する役割があります。
しかし、両性生殖が誘導された当初には、培養水中に交尾するための雄個体がいません。
ふ化後短時間以内(25℃ではふ化後8時間以内)に交尾できなかったmictic femaleは、耐久卵形成をあきらめて雄個体を産出する個体(MF1)にその役割を変化させます。この個体の特徴は、携卵している雄卵が単性生殖卵の1/3程度と小さく、その数が多いことです。
ちなみに雄個体の特徴は、L型の場合、大きさが120μmと通常のamictic femaleの大きさ(130~320μm)に比べて小さく、体後部に黒点(精巣)があります。消化器官はなく餌を食べずに、交尾可能なmictic female(MF2)を探すために活発に遊泳します。

 ③のmictic female(MF2)は、②のmictic female(MF1)のおかげで、培養水中に存在する雄個体と交尾することができ、④の受精が可能となります。そして受精したmictic female(MF2)によって、最後の⑤の耐久卵形成に至ります。

 耐久卵は受精したmictic female(MF2)1個体あたり2~3個が産出されます(amictic femaleは1個体あたり生涯で20~25個を産出する)。耐久卵の特徴は、単性生殖卵に比べてやや大型で、色は褐色で、卵内部に空室があります。不適な環境(低水温、低酸素、乾燥など)に耐久性があり、また、暗所で冷蔵状態により1年以上の長期保存ができます。

 ワムシの両性生殖による耐久卵形成について、さらに詳しく知りたい方は、萩原篤志(1996)海産ワムシの大量保存と休眠卵の利用.栽培技研、24(2).109-120.や、養殖の餌と水(恒星社厚生各閣、第4章pp.59-99、2008)を参照してください。

国内で主に利用されている6種類のワムシ株での両性生殖実験

【目的】
 国内で主に利用されている6種類のワムシ株を用いて、両性生殖による耐久卵形成の有無を検討しました。
【材料と方法】
 実験に用いたワムシは、SS、S、L型の計6株で、いずれも国内の種苗生産機関で利用されているものです(表1)。培養には500ml容器を用い、SS、S型群は水温30℃、塩分20psuの条件で、一方、L型群は水温15℃、塩分20psuの条件で、それぞれ15日間培養しました。餌料には市販の濃縮淡水クロレラを用い、飢餓状態にならないように適宜給餌しました。培養開始時にはワムシ密度を10個体/mlとして、300個体/mlに達した段階で植え替えました。実験期間中は毎日各試験区におけるamictic female数、mictic female数、雄個体数を計数して、全個体数あたりのmictic female数ならびに雄個体数をそれぞれの出現率(%)としました。なお、培養終了時には培養容器の底を調べて耐久卵の有無を確認しました。
【結果及び考察】
 SS型タイ株、S型岡山株、L型小浜株、L型奄美株でmictic femaleと雄個体が確認され、そのうちSS型タイ株とL型奄美株で耐久卵が確認されました(表1)。

表1.ワムシ株ごとのmictic femaleと雄個体の出現率ならびに耐久卵の有無

各株とも500ml容器を用い、市販の濃縮淡水クロレラで15日間培養した(植え替えあり)。
培養条件は、SS、S型群は水温30℃、塩分20psuで、L型群は水温15℃、塩分20psuであった。
出現率は、全個体数に対する割合。


 このことから、近年のワムシ培養でも環境条件が整えば、両性生殖による耐久卵形成が起こることが分かりました。なお、mictic femaleと雄個体の出現率は最大でも5%と低いことから、ワムシ培養担当者が危惧する両性生殖による増殖不良の心配はなさそうです。
 また、過去にも報告されていますが、S型岡山株やL型小浜株のように、培養水中にmictic femaleや雄個体が確認されてもかならずしも耐久卵形成が起こるとは限らないことや、S型八重山株やL型静岡株のように、両性生殖が誘導されにくい株があることが再確認されました。
ワムシ計数時に図1の写真で示した両性生殖に関与するワムシのタイプが見つかった場合には、もしかしたら耐久卵形成が起こっている可能性があるため、耐久卵を探してワムシ株の保存に利用してはいかがでしょうか。